『明日への道』で涙を抑えられなかったTUBEの2024年ハマスタライブ~彼と歩いてきた時間を振り返って、今感じる『明日への道』への想い~

青い海を背景に砂浜に並ぶ青と緑の2つのシーグラス

2024年8月24日。

私は2度目のTUBEのハマスタライブに
参戦しました。

このライブでは、
『明日への道』とともに
噴水が高く舞い上がる演出がありました。

彼の隣で『明日への道』を聴いた私は、
涙を抑えられませんでした。

みやび

私にとって『明日への道』が、
ただの一曲ではなかったから
です。

そして、今。

『明日への道』は、
2024年のハマスタで聴いたあの時よりも、
私にとってさらに大切な曲になっています。

今日は、2024年のハマスタライブで彼と聴いた『明日への道』を振り返りながら、

どうしてこの曲が私にとって
特別な意味を持つようになったのか。

そして、この曲とともに私たちが歩いてきた時間
について、お話ししたいと思います。

目次

2024年 ハマスタライブに向かうまでの時間

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TUBEのハマスタライブは、まだ2度目の私。

一方、彼はこれまで何度もTUBEのライブに参戦しています。

ライブ参戦の経験には大きな差がありましたが、
ライブ前は二人とも楽しみで仕方ありませんでした。

ライブが近づくにつれて、
二人で当日のことを予想する時間も
増えていきました。

ライブまでの道のりと期待感

甲子園ライブには寿君とGACKTさんという、
2組のゲストが登場しました。

そこで私たちは、ハマスタライブには
DA PUMP以外にも、もう一組ゲストが来るかも!
と予想していたんです。

私が期待していたのは、miwaさんです。

私がTUBEを聴くきっかけをくれた父は、
夏や海が好きな人でした。

ですから、私は以前から『トコナツPaPa』に
父の姿を重ねていたんです。

そして、ライブのずっと前から、
彼にもその話をしていました。

「コラボイヤーだから、
TUBEのmiwaさんとのコラボ曲、
『トコナツPaPa』を聴きたい!」

そう願っていたんです。

でも、『トコナツPaPa』は
昔のシングルのカップリング曲。

何度もライブに参戦している彼は、
私とは違う予想をしていました。

「『トコナツPaPa』やってほしいなぁ🎵」

「絶対やらないよ~!」

そんな会話をしながら、
私たちはこの日を楽しみに待っていました。

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でも、実はこの時のチケットは
一般販売で購入していたんです。

TUBE Riders入会を考えるきっかけ

私がTUBEのライブに初めて参戦したのは、
2023年のハマスタライブでした。

当時はまだTUBE Ridersには入会しておらず、
チケットは一般販売で購入しました。

それでも6月にチケットを購入できたこともあり、2024年も一般販売でチケットを買うことにしたんです。

ところが、購入できたのはステージサイド席。

「ステージ、ちゃんとみえるかな…」

そんな心配をしながら、席に着きました。

ステージサイドの名の通り、
本当に真横からでしたが、
かろうじてステージは見えました。

でも、モニターはまったく見えなかったんです。

みやび

次のライブも
彼と一緒に楽しみたい。

みやび

できることなら、
今度はもう少し
ステージを近くに感じられる席で
観てみたい。

この日の体験は、
TUBE Ridersへの加入を考える、大きなきっかけ
になりました。

ここからは少し時間を戻して、
2024年のハマスタライブで
『明日への道』を聴いた時、
私が涙を抑えられなかった理由について
お話ししたいと思います。

『明日への道』が大切な曲になった経緯

カーテンの隙間から光が差し込む部屋とテーブルに置かれた2つのカップ

1988年にリリースされたアルバム
『Beach Time』に収録されている
『明日への道』。

ですから、私がこの曲を知ったのは、
彼と出逢うよりもずっと前でした。

みやび

当時は、後にこの曲が
これほど大切な曲になるとは、
まったく思っていませんでした。

そもそも私は、
『明日への道』に出会うよりも前から、
自分の人生の「明日」を想い描くことが
得意ではなかったんです。

「明日への道」を想い描けなかった頃の私

私は不安定な家庭で育ってきました。

物心がつく頃には、
自分の気持ちよりも周囲の考えを優先することが、
私にとって当たり前になっていたんです。

そんな私は、いつの間にか
「私自身が本当にしたいこと」を
想い描くことさえ、
うまくできなくなっていました。

たとえば、進学先や将来の夢を考える時も、
「私がどうしたいか」よりも、
「私がどんな選択をしたら親が喜ぶか」を
第一に考えるようになっていたんです。

こうして
私は、
「自分がこれからどう生きたいのか」という、
自分自身の「明日への道」を
うまく想い描けないまま、
大人になりました。

そして社会人になってから、
私はうつ病を発症しました。

うつ病を発症してから10年以上の間、
心身ともに不安定な状態が続きました。

精神科の受診で精一杯。

仕事どころか、日常生活もままならない。

そんな日々を過ごしていた私は、
明日の見通しすら立てられなかったんです。

みやび

この頃の私には、
自分の「明日への道」なんて、
まったく見えていませんでした。

そんな頃、私は彼と出逢いました。

彼と出逢って1か月頃の私

知り合って、連絡を取り合うようになって、
逢う機会が増えて……

出逢って1か月頃の私たちは、
まだ少しずつ関係を深めている途中でした。

お互い、場の雰囲気を盛り上げられるタイプでは
なく、会話はいつも手探りでした。

それでも彼は、最初から
私のうつ病を否定することなく、
話を聞いてくれていました。

家でも職場でも、
うつ病のつらさを理解してもらえなかった
私にとって、
彼の反応はとても温かく、
安心できるものでした。

ですから、いろいろな会話をする中で、
自然と自分の境遇について話すことも
増えていきました。

うつ病の影響で、
心身ともに不安定になってしまうこと。

精神科の受診で精一杯で、
外出が困難な日も多いこと。

仕事を安定して続けることが難しく、
転職を繰り返していること。

何もかもが不安定で、
現状にも、将来にも強い不安を感じていること……

そんな
私の話を、
彼はいつも静かに聞いてくれていました。

それまで、だれかにうつ病のことを話すと、
返ってくるのはこんな言葉がほとんどでした。

「もっと大変な人もいるよ」

「頑張って、早く元気になって!」

みやび

ですから、
彼が私の不安やしんどさを
否定せずに聞いてくれる
だけでも、
私はとても安心できました。

ですが、
彼はただ私の話を聞いてくれただけでは
ありませんでした。

少しでも生活の不安を減らせるよう、
利用できる制度を調べたり、
制度を利用するための準備をしたりも
してくれました。

強く励ましたり、
無理に元気づけようとしたりするのではなく、
私にできるペースで、
少しずつ不安を減らすための準備を
一緒に進めてくれました。

そんな頃、
私は『明日への道』と再会することになります。

『明日への道』との再会

彼と過ごす時間が増えてくるにつれて、
私はこんな風に思えるようになりました。

みやび

彼は、私の不安やしんどさに、
そっと寄り添ってくれる人だ

この頃、
彼がこんなメッセージを送ってくれたんです。

『明日への道』の2番の歌詞が俺の気持ち。
聴いてみて。

このメッセージを、
私はこんな風に受け取りました。

「恥ずかしがり屋で『好き』とは言えない彼が、
自分の気持ちを、
この曲で代弁してくれているのかな」

この時の私には、
もともと知っていた『明日への道』が、
彼の「好き」を代弁してくれている曲のように
思えて、
ただただ素直に「嬉しい」と感じました。

10年以上聴けなかったTUBEを、
彼と出逢ったことで再び聴けるようになった私。

そして、昔から知っていた『明日への道』にも、
今までとは違う意味が重なりました。

昔から知っていた曲なのに、
この時の私には、
『明日への道』との「再会」
のように感じられたんです。

でも、この時の私は、
『明日への道』が今の私にとって、
これほど大切な曲になるとは、
まったく思っていなかったんです。

そして2024年8月24日。

私は横浜スタジアムで初めて、
彼の隣で『明日への道』を聴くことになります。

2024年 ハマスタで彼と聴いた『明日への道』

夜空へ高く舞い上がる白い噴水
『明日への道』とともに夜空へ舞い上がった噴水のイメージ

2023年のハマスタ、2024年の甲子園に続き、
彼の隣でTUBEのライブに参戦するのも
3度目になりました。

ゲストや曲目を予想しながら臨んだ、
2024年のハマスタライブ。

そんなこの夜、私の心に一番深く残ったのが、
『明日への道』でした。

予想していなかった『明日への道』の噴水演出

これまでのライブDVDを観ていた私たち。

ハマスタでの噴水演出にも、
なんとなく「こんな曲が来るのかな」
というイメージを持っていました。

ですから、2024年のハマスタでも、
これまでライブDVDで観てきたような曲が
噴水演出で披露されるのだと
思っていたんです。

私も彼も、
『明日への道』が噴水演出の曲として
演奏されるとは、
まったく思っていませんでした。

そのため、私はピアノの演奏が始まっても、
前奏になるまで『明日への道』とは
気づけなかったんです。

彼の隣で聴いた『明日への道』

「この曲なんだろう…?」

そんな疑問からスタートした、
この夜の『明日への道』。

前奏が始まり、『明日への道』だとわかった時、
彼からのメッセージが浮かびました。

『明日への道』の2番の歌詞が俺の気持ち。
聴いてみて。

彼の「好き」という想いを代弁している
と感じていた、『明日への道』。

この曲をライブで、彼の隣で聴ける。

それだけで、私は涙を抑えられませんでした。

そして、
ラスサビとともに夜空へ舞い上がった
噴水を見た時には、
もう涙が止まりませんでした。

ステージサイド席だったため、
ステージも見えにくく、
モニターもまったく見えませんでした。

みやび

それでも、
夜空に高く舞い上がった
『明日への道』の噴水は、
今でも目に焼き付いています。

この日の横浜スタジアム公演は、
映像作品としても残っています。

私にとっては、彼と『明日への道』を聴いた
あの夜を思い出せる一枚です。

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TUBEの39周年となる、2024年のハマスタライブのBlu-rayです。
私が涙を抑えられなかった『明日への道』の感動も何度でも思い出せる1枚です。

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2024年のあの夜。

私は、彼の「好き」を代弁してくれている
『明日への道』を、
彼の隣で聴けたことが嬉しくて、
涙があふれたのだと思っていました。

今だから感じる『明日への道』の意味

満開の桜の下をゆるやかに続く散歩道

この記事を最初に書いたのは、
2025年10月でした。

あの頃からさらに時間が流れた今、
改めて『明日への道』について考えてみると、
2024年のハマスタライブで感じていたものとは、
また少し違う想いが
重なっていることに気づいたんです。

もちろん、
彼の隣で『明日への道』を聴けた
あの夜の感動は、
今でも変わっていません。

みやび

でも今では、
この曲は私にとって、
あの時よりもずっと
深い意味を持つ曲に
なっています。

だからこそ、『今』の想いを乗せて、
この記事を書き直すことにしました。

彼と歩いてきた『やわらかな日常』

『明日への道』の2番の歌詞が俺の気持ち。
聴いてみて。

こう言ってくれた時の彼が、
どのくらいの想いをこの曲に込めていたかは
わかりません。

まだ、出逢って1か月ほどの頃でしたから。

でも、
このメッセージを送ってくれた2023年から、
2024年のハマスタライブを経て、
さらに時間が流れました。

そして、
実際に出逢ってから今まで、
彼はいつも変わらず、
隣にいてくれています。

私たちの日常には、
嬉しい時や楽しい時だけでなく、
悲しい時や辛い時もありました。

人とのコミュニケーションが苦手な私は、
自分の想いを
彼にうまく伝えられないこともありました。

うつ病の影響で、
心身の状態が安定しない日も
何度もありました。

それでも
彼は、その時々の私の状態に合わせながら、
ここまで一緒に歩いてくれています。

たしかに、紆余曲折はあります。

彼と歩いてきた日々は、
決して「毎日が特別な記念日」
のような日々ではないんです。

何気ない会話をして、一緒に出かけて、
笑ったり、時にはすれ違ったりする。

みやび

そんな日々の積み重ねが、
私にとっての
『やわらかな日常』に
なっていきました。

「来年」「今度」が少しずつ実現していく日々

一緒に歩く日常の中で、
彼は自然に未来の話をすることがあります。

それは、「約束」とも呼べないほどの小さなもの。

何気ない日常の会話の中に、
ふっと現れるような未来です。

でも
彼は、そんな会話を覚えていて、
少しずつ実現してくれています。

たとえば、こんなことがありました。

ある春、家の近くの公園に桜を一緒に見に
行きました。

桜を見ながらお散歩してきた帰り道。

「三浦海岸の河津桜もきれいだから、
機会があれば見に行こうか」

そんなことを口にした彼。

この時、「いつ行こう」「必ず一緒に行こう」と
約束したわけではありません。

でも、
翌年の春、彼は本当に
三浦海岸の河津桜を見に
連れて行ってくれました。

三浦海岸に咲く満開の河津桜
翌年、本当に一緒に見に行くことができた三浦海岸の河津桜

こんな小さな未来が実現する経験を、
私は彼と出逢ってから
少しずつ重ねてきました。

親と「来年は○○をしよう」「今度○○に行こう」
と、未来の楽しみを一緒に想い描いた記憶が
ほとんどなかった私。

そんな私にとって、
「約束」とも呼べないほどの、
小さな未来が実現していく経験は、
人生で初めてのことでした。

このような体験を重ねることで、
私は少しずつ変わっていったんです。

「明日への道」を想い描けるようになった今の私

もともと、
自分自身が本当に望む将来を
想い描くことが得意ではなかった私。

うつ病になってからは、
明日の見通しすら立てられなくなりました。

長い間、私は自分の「明日への道」を
想い描けないまま生きてきたんです。

「生きること自体がしんどい」
――そう思った日も、何度もありました。

そんな私が、彼と小さな未来を重ねる中で、
少しずつ変わっていきました。

「今度、やってみようか」

「来年、行ってみようか」

その時は、何気ない会話だと思っていました。

でも、
彼と『やわらかな日常』を歩いてきた
道を振り返ってみると、
あの時の「今度」や「来年」は、
本当にその先の「未来」につながっていたんです。

長い間「明日への道」を想い描けずに
生きてきた私にとって、
未来を信じるのは簡単なことでは
ありませんでした。

今でも、うつ病を克服したわけでもなく、
抱えてきた問題がすべてなくなったわけでも
ありません。

それでも私は、
これから先の「今度」や「来年」を、
少しずつ楽しみにできるようになりました。

みやび

いつからか
『彼が隣にいてくれる
明日への道』を、
自然に想い描けるように
なっていたんです。

「今度」や「来年」を楽しみにしながら、
少し先の未来を信じられるようになっていました。

そして今は、しんどさを抱えながらも、
「生きたい」と思える自分がいます。

彼と過ごす時間の中で、
私の心は少しずつ安心を覚えていきました。

私にとって、
彼と過ごす時間が『安心できる場所』に
なっていったことについては、
こちらの記事で綴っています。

彼と歩いてきた「明日への道」

彼と出逢ってから今まで……

楽しい時がありました。

つらい時もありました。

心身の具合が悪い日もありました。

何気なく話した「今度」や「来年」が、
本当にやってきた日もありました。

出逢った頃、彼が「俺の気持ち」と言ってくれた『明日への道』。

今振り返ってみると、
その道は、
本当に今日まで続いていました。

そして、
私たちはその道を一緒に歩いてきていたんです。

『明日への道』の2番の歌詞が俺の気持ち。
聴いてみて。

彼がそう言ってくれた頃から、
2024年のハマスタを経て、
さらに時間が流れました。

そして、
その時間とともに、
私の中で『明日への道』に重なる想いも
少しずつ深くなっていきました。

『やわらかな日常』を重ねてきた今だからこそ、
思うんです。

みやび

今の私にとって、
『明日への道』は、
彼と歩いてきた
『やわらかな日常』
そのものを象徴する、
大切な曲になっているんだ……

あなたにとって、
特別な想いがこもっている曲はありますか?

このブログが、あなたにとっても、
少し先の未来をそっと想い描けるような
場所になれたら。

とても嬉しく思います🌸

最後までお読みいただき、
どうもありがとうございます🎵

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この記事を書いた人

横浜在住。音楽鑑賞が好きな、「やわらかな日常」ライターのみやびです。
幼い頃からさまざまな経験を重ね、うつ病を経験しました。
そんな私を理解し支えてくれる人との出逢いをきっかけに、今は自分の気持ちと向き合い、本来の自分を少しずつ取り戻す道の途中にいます。
このブログでは、「安心できる場所」や「自分らしくいられる時間」を大切にしながら、音楽・料理・旅行・心の記録を綴っています。
このブログを通して、あなたの心が少しでもやわらぐ時間をご一緒できたら嬉しいです。

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